野球と、世界という舞台の話をしたいと思います。
gloopsを経営していた頃、僕は野球に関わる仕事をいくつか手がけました。
今あらためて振り返ると、あの時期の取り組みには、自分が何を大切にしてきたのかがよく表れている気がします。
本物を扱うという重み
ひとつは、プロ野球を題材にしたカードゲームです。
日本のプロ野球12球団すべての公式ライセンスをいただいて作ったもので、選手のみなさんが実名と実写でゲームに登場します。
ありがたいことに、登録してくれた方は数百万人にのぼりました。実在のチーム、実在の選手を扱うというのは、思っている以上に重い仕事です。
一つひとつ許諾をいただき、本物として世に出して恥ずかしくないものに仕上げる。ファンの方が長年抱いてきた愛着を預かるわけですから、生半可な気持ちでは形にできません。その緊張感のなかで、自分たちが向き合っているのは本物の重みなのだと、何度も気を引き締めました。
なぜ野球だったのか、と聞かれることがあります。理由のひとつは、野球ほど世代も地域も超えて、多くの人の記憶に結びついている題材は、そう多くないと感じていたからです。
誰かにとっては父親と通った球場の記憶であり、別の誰かにとっては深夜に見届けた一打の記憶でもある。
そうした強い思い入れのある世界に、敬意を持って関わらせてもらえるなら、それはとても価値のあることだと考えていました。
もうひとつは、勝ち負けがはっきりと数字で出るところに、惹かれていたのだと思います。言い訳のきかない世界で、それでも前を向いて挑み続ける選手たちの姿には、事業をやる人間として学ぶところが多くありました。
本物を扱うということは、こちらの基準も否応なく引き上げられるということです。実在の選手やチームの名前を背負う以上、細部のひとつまで手を抜けません。
確認の工程は増え、求められる品質も上がる。けれども、その負荷を引き受けたことで、組織としてのものづくりの水準が一段上がったのは確かでした。
背伸びをして高い相手と組むと、自分たちの足りないところがはっきり見えてくる。それは苦しくもあり、ありがたいことでもありました。
世界の舞台に、自分たちの名前が並んだ
野球との関わりは、日本国内だけでは終わりませんでした。アメリカのメジャーリーグでも、全30球団の選手が実名・実写で登場するゲームを作りました。
さらに2012年には、東京ドームで開かれたMLBの日本開幕戦で、冠スポンサーを務める機会をいただきました。世界最高峰のリーグの公式戦に、自分たちの会社の名前が並ぶ。あの光景を目にしたときの感覚は、今でもはっきり覚えています。
日本の小さなオフィスで数人から始めた事業が、世界が注目する舞台の一角に立っている。不思議な感慨がありました。
「梶原吉広」という名前で、世界の舞台にわずかでも関われたことは、今でも僕の誇りです。
当時、僕はその協賛について、特別協賛社になれたことを社員一同が誇りに思っている、という気持ちを話しました。
そしてもうひとつ、こうも感じていました。毎年、世界で一番高いレベルの舞台を目指して、たくさんの日本人選手が海を渡っていきます。慣れた場所を離れ、言葉も文化も違う環境で勝負を挑むその姿は、世界で戦おうとしていた自分たちの姿勢と、どこか重なるものがあったのです。だからこそ、その挑戦の場に少しでも関わりたいと思いました。
内に閉じず、世界基準で勝負する
僕がずっと大事にしてきた考え方のひとつに、内側に閉じこもらず、世界基準の場所で勝負する、というものがあります。
国内だけでも十分にやっていけるとしても、そこで満足してしまえば、見える景色はそこで止まってしまう。
一番高い舞台に挑んでいる人たちの近くに身を置くことで、自分たちの基準もまた引き上げられていく。野球に関わる一連の仕事は、僕にとってその考え方を形にする場でもありました。
成功したから世界に出た、というより、世界の舞台を見ていたから、そこに少しでも近づこうとして走ってきた。順番はむしろ逆だったように思います。
高いところを見続けていれば、足元のやるべきことも自然と変わってくる。野球はそのことを、まっすぐに教えてくれました。
大きな舞台に挑むか、迷っているなら
もし今、慣れた場所から一歩外に出て、大きな舞台に挑むかどうかで迷っている人がいるなら、僕は背中を押したいと思います。
高い場所はたしかに怖い。実力以上の相手と並べば、足りなさも露わになります。
それでも、その景色を一度見てしまうと、人も組織も後戻りができなくなる。挑んだ分だけ、確実に強くなれる。海を渡っていく選手たちが教えてくれたのは、つまるところそういうことだったのだと思います。
場所を変えた今も、世界を基準に物事を考えるという姿勢は、変えずにいたいと思っています。
どんな仕事であっても、一番高いところを見ながら進んでいきたい。あの舞台で感じた誇りと緊張感を忘れずに、これからも自分の軸として持っていきたいと考えています。

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