改めまして、梶原吉広と申します。gloopsという会社を立ち上げ、今はシンガポールで暮らしています。
このブログでは、仕事や挑戦について、自分がこれまで考えてきたことを、少しずつ書いていこうと思っています。
ここでは、いろいろな話の根っこにある、自分の基本的な考え方について書いておきたいと思います。
ひとことで言えば、それは「自分の考えを信じて、まず動く」ということに尽きます。あまり立派なものではありません。
ただ、振り返ってみると、僕が何かを決めるときの土台には、いつもこの二つがありました。自分が納得したことを信じること。
そして、考えるだけで止まらずに、まず動いてみること。この二つは、特別な才能がなくても、自分の意思さえあれば誰にでも持てるものだと思います。
だからこそ、僕はこれをずっと大事にしてきました。
用意された道より、自分で選んだ道
子どもの頃から、人に言われたとおりにするより、自分で納得したやり方を試したいほうでした。
用意されたレールがあっても、それが自分に合っていないと感じれば、別の道を探してしまう。
学校を出たあと、いったんは進んだ進路を早くに離れて、自分で事業を始める方向へ舵を切ったのも、今思えばその延長だったのだと思います。
決して褒められた選び方ばかりではありませんでしたが、自分で選んだという感覚だけは、ずっと手放さずにきました。
考えるより、まず動く
なぜ「まず動く」を大事にしているのか。
それは、頭の中で考えているだけでは、結局のところ何も始まらないと知っているからです。考え抜くことはもちろん大切です。
けれど、考えることと動くことを比べたとき、人はどうしても考えるほうに逃げ込みがちです。準備が整ってから、もう少し確信が持ててから、、、。
そう言っているうちに、機会のほうが先に過ぎていく。完璧な準備を待つより、動きながら直していくほうが、結果として早く正解にたどり着ける。そう考えるようになりました。
動いてみて初めて見えてくることは、想像以上に多いものです。机の上でいくら精密に組み立てた計画も、現実に一歩を踏み出した瞬間に、思ってもみなかった景色が広がります。そこで得た手応えやずれを材料にして、また考え、また動く。その往復のなかでしか、本当に使える答えは育っていかないのだと思います。
もちろん、動くことには痛みも伴います。動けば、うまくいかないことも、人に頭を下げることも出てきます。じっとしていれば、少なくともその場では傷つかずに済む。それでも僕が動くほうを選んできたのは、立ち止まっている時間そのものが、見えないところで何かを失わせていると感じていたからです。失敗は形になって残るので目につきますが、動かなかったことで取りこぼした機会は、数字にも記憶にも残りません。だからこそ、見えない損失のほうを、僕はいつも警戒してきました。
信じることと、間違いを認めること
ただ、「自分の考えを信じる」というのは、独りよがりとは違います。
自分を信じることと、人の意見に耳を貸さないことは、まったく別のものです。信じるべきは、根拠のない思い込みではなく、現実と向き合って自分なりに納得した判断です。
だから、動いた結果が違っていれば、潔く考えを改める。信じることと、間違いを認めることは、矛盾しません。
むしろ、自分の判断に責任を持つからこそ、結果から素直に学べるのだと思っています。
これから書いていくこと
このブログでこれから書いていく話は、どれもこの「信じて、動く」が根っこにあります。
安定していた事業を手放して新しい領域に挑んだこと。一度かたちにしたものを思い切って作り直したこと。
少人数だった組織が一気に大きくなった時期に考えたこと。世界の舞台に挑む人たちの姿に、自分の姿勢を重ねたこと。どれも、自分なりに納得して決め、そして動いた結果でした。
僕がやってきたことのすべてがうまくいったわけではありませんし、正解だったと言い切れることばかりでもありません。
それでも、自分の頭で考え、信じて、動く。その地味な積み重ねが、今の自分につながっているのは確かだと思います。
こうして文章にしようと思ったのも、特別な理由があるわけではありません。
これまで断片的にしか語ってこなかった自分の考えを、一度きちんと言葉にしておきたい、という気持ちが大きいです。
誰かに教えるつもりはありませんし、これが唯一の正解だとも思っていません。ただ、同じように何かを決めかねている人が読んだときに、こういう考え方をしてきた人間もいるのか、と思ってもらえるなら、それで十分だと思っています。
これからも、その姿勢だけは変えずにいたい。そんな思いを軸に、これから少しずつ、考えてきたことを書いていきます。

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